2008年08月12日

谷、準決勝で敗れる 五輪3連覇ならず

五輪柔道 谷が帰国 長男の高熱で予定早め8月11日21時14分配信 毎日新聞

 北京五輪柔道女子48キロ級で銅メダルを獲得した谷亮子選手(32)=トヨタ自動車=が11日、成田国際空港着の日本航空機で帰国した。

当初は他の選手たちとともに17日に帰国する予定だったが、一緒に北京に滞在していた長男佳亮(よしあき)ちゃん(2)が40度近い高熱を出し、帰国を早めた。

 黒いTシャツに白色のパンツ姿で現れた谷選手は、父の田村勝美さんに抱かれた佳亮ちゃんを心配そうに見つめていた。

到着ロビーでは居合わせた旅行客から「お疲れさま」などと声をかけられ、笑顔で手を振って応えた。谷選手は、佳亮ちゃんの容体について「9日は39度6分、10日も38度を超えていた。まだぐったりしていて心配だ」と話し、足早に車へ乗り込んだ。【駒木智一】

北京五輪:柔道 谷選手、現役に意欲 「また練習したい」−−北京で会見 【北京・藤野智成】

柔道女子48キロ級で銅メダルを獲得した谷亮子選手(32)=トヨタ自動車=は10日、北京市内のホテルで記者会見をした。今後の去就について「まだ目標を設定する時期ではないが、また練習し、金メダルを取れるだけの練習ができたときに目標を設定したい」と、競技活動続行に意欲を示した。

 谷選手は9日の試合後に「(今は)主婦をしたいという気持ち」と述べたが、真意について「これまで家を空けることも多かったので、少しの時間になるかもしれないが、帰国したら主婦らしいこともしたい」と説明した。

 また、競技会場に応援に来ていた長男佳亮(よしあき)ちゃん(2)が9日午後3時ごろに高熱を出し、10日未明に北京市内の病院に入院したことを明らかにした。

毎日新聞 2008年8月11日 東京朝刊



谷、準決勝で敗れる 五輪3連覇ならず2008年8月9日19時21分

 北京五輪は2日目の9日、五輪3連覇を目指していた柔道女子48キロ級の谷亮子(トヨタ自動車)が準決勝で敗れ、3位決定戦に回った。

 谷は1回戦でマツモト(米)、2回戦で地元・中国の呉樹根、準々決勝でパレト(アルゼンチン)を破ったが、準決勝で昨年の世界選手権銅メダルのドゥミトル(ルーマニア)に敗れた。

 谷は00年シドニーで「最低でも金、最高でも金」、04年アテネでは「田村亮子で金、谷亮子でも金」と宣言して金メダルを獲得。北京では「ママでも金」を掲げて五輪3連覇を目指していたが、かなわなかった。3位決定戦で、92年バルセロナ大会から続く5大会連続メダル獲得を目指す。

 また、アテネ五輪の決勝で谷と戦ったライバルのジョシネ(仏)は、1回戦でカザフスタンのヌルガジナにまさかの一本負けを喫した。

谷 亮子(たに りょうこ、旧姓:田村、1975年9月6日 - )は、福岡県福岡市出身の、日本人の女子柔道家(四段)である。夫はプロ野球選手の谷佳知。

キレのある立ち技を特徴とし、その実力から浦沢直樹の漫画『YAWARA!』の主人公の名前を取って柔(ヤワラ)ちゃんの愛称で広く知られる。 世界選手権6連覇、全日本体重別11連覇、福岡国際11連覇、五輪では2度の金メダルと2度の銀メダルと圧倒的な戦績を誇り、女子柔道、柔道の普及に大きな貢献をした

小学校1年生から兄の影響で柔道を始める。小学校2年生のとき男の子を投げ飛ばして、けがを負わせたことがある。

中学生の時の福岡国際女子柔道選手権(福岡国際)を15歳で優勝したのを皮切りに、全日本女子選抜体重別選手権(全日本)でも優勝し、五輪出場の権利を得た。1992年、16歳でバルセロナオリンピックに出場、順調に決勝まで勝ち上がったが、僅差で敗れた。銀メダルを取ったものの、笑顔は全く無かった。その後1993年の世界柔道選手権で優勝、1995年の世界柔道選手権でも優勝し、世界王者の地位を不動のものにした。

1996年のアトランタオリンピックに出場。今度こそ金メダル確実と期待された。しかし、決勝戦で北朝鮮のケー・スンヒが柔道着を左前に着るという奇策に出、最後まで自分の柔道をとることができずに僅差で敗れ、2大会連続銀メダルに終わった。

1997年、1999年の世界柔道選手権でも連覇した。2000年、シドニーオリンピックでは、大会前に「最高でも金(メダル)、最低でも金(メダル)」という言葉と共に臨んだが、鬼門となっていた決勝戦にて今度は内股で一本勝ちし、自身初の五輪金メダルを獲得し嬉し涙を流した。

2001年、2003年には世界柔道選手権を連覇。これで世界選手権6連覇(12年負けなし)という前人未到の記録を打ち立てた。

2003年12月1日に、プロ野球選手の谷佳知と入籍。

新たに「谷亮子」として臨んだアテネオリンピックでは、夫でありまた同じくアテネオリンピック日本代表選手である谷佳知をはじめ多くの人々による応援の中、足を事前に痛めるトラブルもあって、万全ではなかったが格違いの強さを見せ、一本勝ちで決勝まで勝ち上がり、決勝も大内刈りで技ありを取るなどし優勝。女子48キロ級決勝でフランスのフレデリク・ジョシネを破り五輪2大会連続の金メダルを獲得した。試合後のインタビューでは「シドニーの時よりも何倍も嬉しいです」と嬉し涙を流した。日本のオリンピック選手で夏季大会に4大会連続で代表となり出場した数少ない一人(ほかには小野喬・三宅義信・菅原武男・猫田勝敏・山本博・高橋有紀子の6人)である。また、その中でも出場した4大会すべてでメダリストとなっているのは谷と小野の2人だけ、個人種目に限れば谷しかいない。

2005年にカイロで行われた世界選手権で7連覇の期待がかかっていたが妊娠のために欠場し、12月に出産した。

2007年の全日本女子柔道選抜体重別選手権大会で現役復帰、同年9月のブラジル、リオデジャネイロ世界選手権に出場し、7回目の優勝を果たした。(男女通じて世界最多記録)

2008年の北京オリンピックへの出場の意欲を見せ、全日本女子柔道選抜体重別選手権大会に出場。決勝戦で山岸絵美に日本人選手相手に、1990年以来となる技で有効ポイントを奪われる完敗を喫したが、全日本柔道連盟は「外国人選手と戦う五輪本大会で確実に金メダルを期待出来る選手である」として、谷を代表に指名した。

谷亮子 - Wikipedia


<柔道>谷、復帰戦は決勝で敗退 井上も準決勝で敗れる波乱/2007/4/8

谷亮子復帰戦の相手は19歳ホープ 2007/3/8

★★★

北京五輪


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JOC: 第29回オリンピック競技大会
http://www.joc.or.jp/beijing/

北京五輪特集(Sports@nifty)

JOC - 日本オリンピック委員会
http://www.joc.or.jp/

JOC - 北京2008
http://www.joc.or.jp/beijing/

北京オリンピック - Wikipedia

2008年北京オリンピック特集
http://2008.searchina.ne.jp/

@niftyテレビ番組表 北京五輪特集
http://tv.nifty.com/special/beijing/kitazima.htm


近代オリンピック - Wikipedia


posted by エリコ at 03:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | オリンピック
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