2008年08月25日

石川遼が4日間首位を守りプロとして初優勝!!/関西オープン最終日

石川遼が4日間首位を守りプロとして初優勝!!/関西オープン最終日
8月24日18時39分配信 ゴルフダイジェスト・オンライン

プロ初優勝は関西オープン!そして来年は連覇を狙うと高らかに宣言

滋賀県の滋賀ゴルフクラブで開催されている、第74回「関西オープンゴルフ選手権競技」の最終日。前日に降った雨は収まり晴天に恵まれると、1,000人を超えるギャラリーが会場に足を運んだ。そのお目当ては3日間単独首位をキープしている石川遼。注目の石川は清田太一郎、池田勇太といった石川と同じくジュニア時代にその名を轟かせた3人での最終組対決となった。

9 アンダーからスタートした石川は、5番、6番で連続バーディを奪うが、9番でボギーを叩き前半は1アンダーの「35」。清田は5番でティショットを左サイドのOBでこのホールダブルボギー。前半に優勝争いから一歩後退してしまった。一方の池田は前半を2アンダー、後半に入り10番でもバーディを奪い8アンダーまでスコアを伸ばした。

後半は石川と池田の優勝争い、12番で石川がボギーを叩きその差は2つに縮まった。その後は両者譲らず、15番では石川が先にバーディを奪うと、池田も入れ返す。勝負が決まったのは17番パー3だった。ピン横10mのバーディパットを2メートル残した池田は、これを外し3パットのボギー。対する石川はピン手前3mのバーディパットをねじ込んだ。

最終ホールを4打差で迎えた石川は、ティショットを右サイドのラフに入れるが、2打目でグリーン右サイドに2オン。11mのバーディパットは大きく左に切れるラインをほぼ読みきった。ボールはカップの手前3センチで止まった。タップインするか迷う石川に「プロ初優勝は1回しかないから、取っておきなよ」と池田がアドバイス。マークをした石川は改めて最後にパッティングを行い、カップインした瞬間「ヤッター!」と雄叫びを上げた。

今大会の優勝賞金は国内男子ツアーの賞金ランキングには含まれないが、石川は優勝賞金の700万円を獲得し、10月に福岡県の古賀ゴルフクラブで開催される「日本オープン」への出場も確定した。次週、福岡で開催される「バナH杯KBCオーガスタ」から国内男子ツアーの後半戦がスタート。今大会で優勝した石川遼も出場を予定している。

<上位のスコア>
順位 通算 選手名
1 -12 石川遼
2 -8 池田勇太
3 -2 吉田泰典
4 -1 貞方章男
4 -1 山下和宏
4 -1 渡部光洋
4 -1 清田太一郎
8 0 定延一平

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石川遼(いしかわ りょう、1991年9月17日 - )は、埼玉県松伏町出身のプロゴルファー。 所属はパナソニック。 身長173cm 体重68Kg(2008年3月15日現在)。テレビではスマートに見えるが、決して痩せ型な方ではない。杉並学院高等学校在学中。

幼少期
6歳の頃、父に連れられてゴルフ練習場に行った事をきっかけにゴルフにのめりこむ(当時の将来の夢は、ポケモンのトレーナー)。松伏町立松伏小学校では、サッカークラブ、園芸委員会に所属。松伏町立松伏第二中学校では、ゴルフ部ではなく陸上部に所属した。これは、短距離走で足の筋力と体力を付けるため。幼いころから負けず嫌いだった。


[編集] アマチュア時代
2004年に全国小学校ゴルフ選手権横尾要カップで優勝。2005年関東中学校選手権、全国中学校選手権大会・春季大会を優勝するなど、全国規模の大会で常に上位を争うレベルにあった。

高校生となった2007年に行われたマンシングウェアオープン KSBカップで、日本のプロゴルフ大会においての史上最年少優勝を達成。男子ツアーでのアマチュア優勝は「中四国オープン」で優勝した1980年、倉本昌弘以来で史上2人目[1]。大会初日が暴風のため中止となったため、最終日に2ラウンドが行われた。高校生でありながら36ホールを回っての逆転優勝(2日目終了時点で7打差の23位)であった。この優勝は世界最年少優勝記録(15歳245日)としてギネス・ワールド・レコーズに認定された。

同年7月に行われた世界ジュニア選手権に出場し個人23位。8月17日、霞ヶ関CCで行われた日本ジュニアゴルフ選手権 男子15歳〜17歳の部で大会史上最年少の15歳11ヶ月で初優勝。スコアは大会レコードタイとなる3日間通算9アンダーで204。直後のフジサンケイクラシックでは、2日目まで首位と3打差の6位だったが3日目でスコアを落とし、結局3日間通算1オーバーの214で15位に終わるがローアマチュア(出場アマチュア選手最上位)を獲得。東海クラシック、三井住友VISA太平洋マスターズでもローアマチュアを獲得する。また、マンシングウェアオープンKSBカップでの優勝により、その年のツアー優勝者に出場資格のあるゴルフ日本シリーズJTカップにアマチュアとして初めて出場した。この年はプロツアー8試合に参戦して5試合で予選を通過[2]、4試合でローアマチュアを獲得する活躍を見せた。


[編集] プロ転向
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2008年1月10日、記者会見を行いプロ転向を宣言。16歳3ヵ月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなる。また、2009年末までシード権を保有していることから、同時に史上最年少のシード選手となった。JPGAのプロゴルファー資格は2008年4月1日に取得。

2008年1月25日にはヨネックスと5年間総額10億円の用具総合使用契約(ボール以外のクラブ、ウェアなど)を結んだ。ヨネックスと契約をしたのは、石川が10歳のとき実父とヨネックス本社に赴き、用具提供の支援の依頼をし、それをヨネックスが快諾したという関係からとされる。ヨネックスの他に、所属契約をパナソニックと、移動サポートをANA、サングラスを山本光学などとも契約した。その他、4月1日からトヨタと2年契約、コカ・コーラと5年契約、NTTドコモと3年契約を交わした。

プロデビューは2008年2月5日に行われたオーストラリアのシドニーで行われた全英オープン予選会で4オーバー(1日制、36ホール)の41位。国内ツアーデビューは2008年4月の東建ホームメイトカップで2日目、3日目に首位に立ったが、最終的に5位Tであった。その後は5戦連続予選落ちなどで低迷するが、長嶋茂雄INVITATIONALセガサミーカップで3位タイに入り復調の兆しを見せ、2008年8月21日から24日にかけて行われた関西オープンでプロ転向後初優勝、通算2勝目を挙げた。優勝後にテレビのインタビューでギャラリーに向けて「ゴルフやっててこんなに怖くなったのは初めて。皆さんとプレイできて僕も幸せですし、僕のプロ優勝に立ち会えた皆さんも幸せじゃないんですか」とコメントを行った[石川遼 - Wikipedia

石川遼 オフィシャルブログ 「イソガバ.マワルナ!」 http://www.ryo-ishikawa.jp/blog/

プロゴルファー 石川遼 [Panasonic所属] オフィシャルサイト http://www.ryo-ishikawa.jp/


タグ:石川遼
posted by エリコ at 03:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 男子ゴルフ・石川遼
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