2009年04月13日

片山マスターズ4位の快挙! 日本勢最高タイ

片山マスターズ4位の快挙! 日本勢最高タイ
2009年4月13日(月)17時0分配信 夕刊フジ

 【オーガスタ(米ジョージア州)12日=伊吹政高】男子ゴルフの今季メジャー初戦「マスターズ」(オーガスタ・ナショナルGC、7435ヤード、パー72)最終ラウンドが行われ、片山晋呉(36)が通算10アンダーで単独4位に食い込んだ。順位、スコアとも2001年に伊沢利光がマークした日本勢最高位に並んだ。A・カブレラ(39)=アルゼンチン=が、K・ペリー(48)、C・キャンベル(34)=ともに米国=とのプレーオフを制し、南米勢初優勝。タイガー・ウッズ(33)=米国=は8アンダーで6位、今田竜二(32)は通算2アンダーで20位に入った。

【「自分がやってきたことが花開く」】


 最終18番、6メートルのバーディーパットを沈めると地鳴りのような大歓声。片山はまるで優勝したかのように、両手を突き上げた。「一番いいライン。絶対に吸い込まれてくれという思いだった。最高のゴルフだった」


 スタンディングオベーションに、トレードマークのテンガロンハットを脱いでお辞儀で返した。「初めて、ここで立ってくれたと思った。何かしないとダメでしょう。ぼくのキャラ的には…」


 海外で苦しんできた日本の賞金王が、その実力を見せつけた。マスターズでは2001年の伊沢の4位が日本人最高位。夢舞台でウッズ、ミケルソンら世界の強豪たちを上回り、日本勢の歴代トップの成績に並んだ。


 首位と5打差の6位でスタート。前半を2バーディー、1ボギーで折り返すと、13番で2オンに成功し、バーディーを奪って波に乗った。ショートホールの16番では7Iでピンそば5メートルにつけ、バーディー。優勝が懸かったこの日、4つスコアを伸ばした。


 「16番は生涯最高の7I。自分で言うのもおかしいけど、かなり技術的にうまくなった。打てないのも打てるようになった。精神的にも昨年(国内ツアーで)勝ったことで、僕の中では変わっている気がした」と自信をみなぎらせた。


 現地メディアは片山を「カウボーイハットの男」と紹介。その帽子、ピンクのポロシャツの背中に「日の丸」をつけた。野球のWBCで優勝した侍ジャパンに刺激を受けたものだが、「日本中の応援してくれる人が後押ししてくれましたね。チームと個人で、どれくらい日本で反響があるのか分からない。ただ、17歳の(石川)遼君が出て、僕がここでこうやってできたら、ゴルフ界も盛り上がるんじゃないか」と胸を張った。


 昨年、日本で永久シードを獲得した片山にとって、次なる目標がマスターズだった。2月末の「アクセンチュアマッチプレー選手権」を終えると、宮崎でキャンプを張り、傾斜でのスイングやロングアイアンの代わりにユーティリティーを使って高いボールを打つ練習を繰り返した。身長は171センチ。2回り以上大きい選手に勝つために特訓を重ねてきた。


 「今までは悔しい思いしかしていなかった。自分がやってきたことが花開いた」。マスターズへの挑戦は8度目で、27位が最高。17歳の石川の出場で例年よりも取材の数は減ったが、「僕は静かな方がいいので…」と笑った。しかし、前日には、マスターズ関係者から優勝した際に渡されるグリーンジャケットのサイズを聞かれるなど、知名度は上がった。


 「最高のゴルフができても、まだ2打足りない。勝つには何ができるのか? 何かを引っ張り出したい」。「マスター(名手)」の仲間入りを果たし、次の目標に向かって不敵な笑みを浮かべた。

1. TBS「マスターズ2009」

2. マスターズゴルフトーナメント - Wikipedia
3. マスターズ特集 ゴルフダイジェスト・オンライン -GDO-

「甘さに気付かされた」…石川遼、成田で記者会見
<マスターズ>気持ちはマスターに負けない 石川遼51位


片山晋呉(かたやま しんご、1973年1月31日 - )は、茨城県筑西市(旧下館市)出身のプロゴルファーである。日本プロゴルフツアー永久シード保持者

子供のころ、ゴルフ場経営者の父の影響でゴルフを始め、5歳でラウンドデビュー。それ以後もゴルフの英才教育を受け、茨城県内屈指のゴルフの名門校である水城高等学校から日本大学に進学。日本アマチュア選手権優勝、日本オープン選手権・ベストアマチュア賞などを獲得する。

1995年にプロゴルファーテスト合格。チャレンジツアー(2軍組織、当時の名称は「グローイングツアー」)では上位に君臨するも、レギュラーツアーでは予選落ちを繰り返すが、江連忠プロ(ティーチングプロ、いわゆるプロ選手の資格があるコーチ)の指導の下で頭角を現す。1998年に後援競技の「サンコー・グランドサマートーナメント」でレギュラーツアー初優勝を果たした。

2000年、ダンロップフェニックストーナメントやメジャータイトルの「ゴルフ日本シリーズ・JTカップ」などで優勝を飾り、初の賞金王(賞金ランキング1位)に輝く。2003年に日本プロゴルフ選手権大会で初優勝を達成。2004年に2度目の日本ツアー賞金王になった。2005年は日本オープン選手権とABCチャンピオンシップで優勝し、2年連続3度目の賞金王が確定した。トレードマークはカウボーイハット。ツアー競技で優勝するたびに様々なパフォーマンスを繰り広げることでも知られる。

2001年、全米プロゴルフ選手権で4位入賞。この時アメリカのゴルフファンにも「カウボーイ・シンゴ」という愛称で呼ばれた。

2007年、背中や右膝などを痛めていたため、全英オープンを欠場。

2008年、昨年に引き続き背筋痛を理由として7月17日から開催の全英オープンを欠場。しかし欠場表明後、国内ツアーで永久シード獲得となる通算25勝にあと1と迫っており、また2連覇がかかる7月3日から開催の日本ゴルフツアー選手権に出場した。世界最古のメジャー大会を袖にした形となった片山の行動に対して、全英オープンを主催するR&Aは 日本ゴルフツアー機構会長小泉直に対して、次年以降の日本ツアー出場枠の削減を示唆したという。小泉は8月25日の理事会の定例会見において「非常に恥ずかしい思いをした」と自身の心境を振り返った。また、小泉によれば特別顧問青木功も「われわれがつくった地盤を壊す選手がいて困る」と憤慨していたという。[1][2]

2008年8月5日、全英オープンに続いて、出場登録していた全米プロゴルフ選手権を背筋痛のため欠場することを発表した[3]。

2008年の日本オープンゴルフ選手権競技において-1で優勝。通算25勝となり、永久シード権を獲得した。最近は体力低下により出場する試合を厳選している。

2009年のマスターズ・トーナメントでは10アンダーで回り、首位(3人)と2打差の4位に入る大健闘を見せた。尚、今回の片山の成績は、マスターズでの日本選手としては伊沢利光(2001年)と同じ順位であり、首位との差では中嶋常幸(1991年)の4打差を抜いて最も接近する日本人最高成績となった。

片山晋呉 - Wikipedia



posted by エリコ at 19:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | マスターズゴルフ
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