2010年06月15日

南アW杯 日本、怒とうの攻撃にひるまずカメルーン破る

南アW杯 「金髪の異端児」輝き…本田圭佑、初戦で先制点6月15日 0時41分配信(毎日新聞)

 ○日本1−0カメルーン●(14日、E組)

 「金髪の異端児」が、ひときわ輝いた。前半39分、松井の右クロスを遠いサイドで受けると、トラップして左足でけり込み、待望の先制点を奪った。「向こうが決めるかこっちが決めるか」と話し、得点で自らの地位を築き上げてきた24歳が、大舞台で結果を残した。

 代表で急速に存在感を増してきた2年間だった。代表デビュー戦は08年6月22日のバーレーン戦。ゴール前の絶好機で空振りし、観客のため息を誘った。その後もチャンスを与えられながら力を発揮できない。同年にあった北京五輪でも不発に終わった。注目されるのは歯にきぬ着せぬ発言ばかり。しかし、オランダ、そしてロシアでの経験が糧になった。

 「外国では、得点でしか評価されない」。献身性といった日本人の「美徳」が通じない世界。「数字でしか価値を見いだせない」と語ったこともあるほどゴールに執着し続け、そしてW杯の舞台で射止めた。【江連能弘】

南アW杯 日本、怒とうの攻撃にひるまず カメルーン破る6月15日 1時12分配信(毎日新聞)

 ○日本1−0カメルーン●(14日、E組)

 終盤、波のように押し寄せたカメルーンの猛攻にも、ひるまずに最後まで立ち向かった。日本の選手たちは、強豪相手に真っ向からぶつかり、そして勝ち点3を勝ち取った。

 苦境の中での開幕だった。W杯メンバー発表後、チームは3戦全敗。守備的にかじを切る一方で、攻撃は形すら作れなくなった。みずから「初めて」という本田を1トップに据え、左サイドが本職の松井を右に回す新布陣は、苦肉の策としか映らなかった。

 だが、立ち上がりから本田は前線で積極的に仕掛け、「球際をしっかり厳しく行きたい」と話していた松井も、言葉通りのプレーを見せた。そして前半39分に松井のクロスから本田が先制ゴール。不慣れなポジションで奮闘する2人によって生まれた先制点は、チームに大きな勢いをもたらした。

 「前半を終わって0−0か0−1なら問題ない」という岡田監督のプランを上回る展開。そんな中で、選手たちは後半も浮足立たなかった。中盤の底に阿部を据える形でブロックをしっかり築き、押し込まれても守備のバランスを保ち続けた。辛抱強く戦い抜いた先に、歓喜の時が待っていた。

 惨敗したドイツ大会以降、日本が目指してきたのは一人一人が運動量で相手を上回り、組織力で個の能力差を埋める戦い方。4年間、追い求めてきた「日本人らしさ」を貫いた末につかんだ「アウェーのW杯」での初勝利。胸を張っていい。【野村和史】

ワールドカップ

1. 2010 FIFAワールドカップ - Wikipedia

2. 2010FIFAワールドカップ - Yahoo!ニュース
3. W杯 2010南アフリカ大会特集
4. ワールドカップのデータベース【WorldCup's world
5. asahi.com(朝日新聞社):サッカーワールドカップ 2010南アフリカ大会

サッカー

1. スポーツナビ | サッカー

2. Yahoo!スポーツ - サッカー
3. スポニチ Sponichi Annex サッカー
4. 日本サッカー協会ホームページ
5. サッカー : nikkansports.com

FW本田圭佑

本田圭佑 - Wikipedia

1. 本田圭佑オフィシャルWEBサイト
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2. 本田圭佑 - Wikipedia
3. 本田圭佑 - Yahoo!ニュース
4. YouTube - 本田圭佑(Keisuke Honda)プレー集
5. サッカー日本代表 本田圭佑 - goo スポーツ 兄追い掛け、夢への一歩=「何でも競争」−本田選手
1次リーグ・日本−カメルーン。前半、先制ゴールを決め大喜びのMF本田圭佑(左上)ら(14日、南アフリカ・ブルームフォンテーン)【時事通信社】  前日に誕生日を迎えた本田圭佑選手(24)が前半39分、松井大輔選手(29)が出したパスに反応した。鮮やかな先制ゴール。日本はサッカーのワールドカップ(W杯)初戦を白星で飾った。
 強力なフリーキックに、球際の強さ。ピッチの外でも「ビックマウス」と称される本田選手。海外に渡り、オランダ、そしてロシアのチームでも結果を残して来た。その強さの秘密は…。
 「何でも競争だった」−。本田選手の兄、弘幸さん(26)はこう話す。小学4年から6年まで、本田選手は中学でサッカーをしていた兄たちの練習が終わると、毎日のように飛び入り。兄や同級生を相手に、ボールを取られると泣きながら追い掛けた。自宅でも、兄と腕相撲に足相撲、風呂でお湯の中に潜りどちらが長く息を止められるか…と勝負は続く。「本気出してずるいやんか」と言われても、「こっちも真剣。一度も手を抜かなかった」と振り返る。
 弘幸さんの中学時代のサッカー部監督だった田中章弘さん(58)=大阪府摂津市立摂津第4中学校長=は「圭佑はサッカーをやっていた兄に追い付け追い越せと、足を骨折しても片足でサッカーをやっていた」と言う。
 小6のころ、本田選手をJリーグG大阪の育成チームに「左利きのがめつい選手おるんやけど、どうやろか」と紹介。だが、身長が急に伸びたことなどから、中学2年の後半から本来のプレーができなくなり、高校生のチームへの昇格を見送られた。「サッカー留学」した星稜高校(金沢市)の河崎護監督(50)も、入って来た時の印象を「きゃしゃな普通の子で、プロになれるとは思わなかったが、物おじだけはしなかった」と話す。3年生を呼び捨てにしても不思議とかわいがられ、同級生宅に上がり込んでは夕食を食べさせてもらっていたという。
 その後、本田選手は高3でJリーグ名古屋の強化指定選手になり、全国高校選手権でもベスト4入り。その一方で、目標だった兄は帝京高校(東京)などを経て、大分への入団が決まった直後にけがを負い、選手生活にピリオドを打った。
 小学校の卒業文集に「ワールドカップで優勝かベスト4」と書いた。兄の無念さを胸に、その夢を実現させるための一歩を今、踏み出した。(ブルームフォンテーン=南アフリカ=時事)
本田圭佑(ほんだ・けいすけ)、松井大輔(まつい・だいすけ)、弘幸(ひろゆき)、田中章弘(たなか・あきひろ)、河崎護(かわさき・まもる)(2010/06/15-01:39)



タグ:南アW杯
posted by エリコ at 08:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー・岡田ジャパン
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