2014年07月15日

ドイツのW杯優勝が必然だった6つの理由 – W杯優勝までわずかに届かず…メッシは裸の王様だったのか--サッカーキング

ドイツのW杯優勝が必然だった6つの理由 – サッカーキング

 24年ぶり4度目のワールドカップ優勝を果たしたドイツ。決勝のアルゼンチン戦こそ、どちらが勝ってもおかしくない拮抗したゲームとなったが、準決勝で開催国ブラジルを相手に衝撃の大勝(7−1)を収めたことも含め、一貫して安定した戦いを見せたドイツは、「勝つべくして勝った」大会だったと言えるだろう。今大会、なぜドイツはこれほどまでに盤石の戦いを見せることができたのか。ここでは、ドイツの優勝が「必然」だった理由として、6つの理由を挙げておきたい。

<1>ドイツ代表史上最高の中盤のタレントたち

 トーマス・ミュラー、トニ・クロース、メスト・エジル、サミ・ケディラ、マリオ・ゲッツェ、フィリップ・ラーム、バスティアン・シュヴァインシュタイガー。中盤ならばどこでもこなせるユーティリティーかつ運動量も豊富なタイプが揃い、オフ・ザ・ボールの質も高く、FW顔負けの得点力を誇る。ドイツ代表史上最高のタレントが揃った中盤は、最大のストロングポイントだろう。前線の選手も含めて、流動的に動くことで相手の守備を混乱に陥れる攻撃スタイルも、これだけのタレントを抱えているからこそ。

<2>他の強豪国を寄せつけないチームの成熟度

 自国開催の2006年ドイツ大会ではアシスタントコーチとして分析を担当し、2006年7月からドイツ代表を率いているヨアヒム・レーヴ監督。実に8年間に渡り同じ監督が率いている点は、他の強豪国にはない大きなストロングポイントだ。主軸メンバーも、ほとんどが30試合以上の代表キャップがあり、ミロスラフ・クローゼ、ラーム、シュヴァインシュタイガー、ルーカス・ポドルスキ、ペア・メルテザッカーの5人は代表キャップ100試合以上という実績の持ち主。まさに、今大会が総決算のタイミングだったと言えるだろう。

<3>チームに守備意識を徹底させたレーヴ監督の手腕

 レーヴ監督は、グループリーグの全試合&ラウンド16のアルジェリア戦で、最終ラインに4人のセンターバックを並べた。右サイドバックにジェローム・ボアテング、センタバックにメルテザッカー、マッツ・フンメルス、そして左サイドバックにベネディクト・ヘヴェデス(フンメルスが体調不良により欠場となったアルジェリア戦では、シュコドラン・ムスタフィが右サイドバックに入りボアテングがセンターバックにスライド)。通常ならば、右サイドバックにはラームが入るところを、ラームをアンカーのポジションに入れ、最終ラインにセンターバックが本職の4人を並べることで、より守備の意識を徹底させたのだ。準決勝以降はラームを右サイドバックに起用したものの、バイエルンでのラームとは違い、かなり守備に重きを置いたプレーぶりだった。短期決戦の場合、試合によってはどうしても気が抜けてしまいがちなところを、しっかりとした守備意識で乗りきったことは大きく評価できる。

<4>マヌエル・ノイアーという次世代GKの存在

「ゴールデングローブ」(最優秀GK)に輝くまでもなく、今大会のGKでベストのパフォーマンスを見せていたのがノイアーであることに異論のある人はいないだろう。全試合で相変わらずの安定したセービングを見せ、最終ラインにフンメルスが不在で、ラインコントロールに不安があったアルジェリア戦では、通常ならば飛び出さないボールにも思いきりの良い飛び出しを敢行し、これまでのGKと比べて圧倒的に守備範囲の広いGKとしての実力を証明した。また、ノイアーの特殊能力としては、セービングだけではなく、パントキックの精度も見逃せない。優れたセービングだけでなく、攻撃の起点となるキックもノイアーの大きな武器の一つでである。

<5>バイエルン勢を多く抱えることのメリット

 決勝戦でスタメンとしてピッチに立った11人のうち、GKノイアー、DFラーム、ボアテング、MFミュラー、クロース、シュヴァインシュタイガーの6人、そして途中交代から決勝弾を挙げたゲッツェを含めた7人が、バイエルンで一緒にプレーしているチームメートである。バイエルンは、今シーズンこそ、欧州チャンピオンズリーグではレアル・マドリードに敗れてベスト4で終わったものの、2012−13シーズンはチャンピオンズリーグ優勝を含む3冠を達成するなど、現在、最もクラブレベルで成功を収めているクラブの一つである。拘束時間が限られてしまう代表チームにとって、代表選手たちが同じクラブでプレーすることが及ぼす好影響は、改めて言葉にするまでもないはずだ。

<6>状況によって戦い方を変えられる選手層

 この要素が、トーナメントを勝ち抜く上では絶対に必要かつ、ブラジル、アルゼンチンという南米の強豪には少し足りなかったものではないかと思う。前述したように、ドイツの中盤の選手は複数ポジションをこなせる選手が多く、けが人等の影響でベストの布陣が組めなかった時でも、さほど問題なくその穴を埋めることができる(ラームしかり、ケディラしかり)。また、ゲッツェ、クローゼ、アンドレ・シュールレ、ポドルスキといったスタメンでも何ら遜色のないプレーを見せる選手を時には控えに置き、後半の勝負どころで起用する、という戦術も多用。選手たちもその起用にしっかりと応えた。途中交代のシュールレが、同じく途中交代のゲッツェの決勝弾をアシストしたアルゼンチンとの決勝は、まさにその戦術がピタリとハマった例だと言えるだろう。

 以上のように、ドイツ代表の優勝は、決して偶然ではなく、必然的なものだったと言えるだろう。このドイツ代表の台頭は、2年後のフランスで開催されるEURO、そして2018年のロシア・ワールドカップまで続く可能性も十分にある。レーヴ監督率いるドイツ代表がどこまでいけるのか。その挑戦を最後までしっかりと見守りたいと思う。

文=岩本義弘

年7月14日 17:08 (SOCCER KING)
W杯優勝までわずかに届かず…メッシは裸の王様だったのか
 時計の針は既に120分を回っていた。延長後半終了間際に自身で得たFK。リオネル・メッシの左足から放たれたボールは、ゴールを捉えきれずにドイツサポーターによって埋め尽くされたスタンドに向かっていった。

 ボールの軌道を最後まで見届けたメッシは、命運が決まったかのようにその場に立ち尽くす。ほどなくして、ドイツの28年ぶり4度目の戴冠を告げるホイッスルが響き渡る。最後にして、最も欲したタイトルをすんでのところで獲り損ねたメッシは、呆然として目の前で湧く歓喜をただ見つめるしかなかった。

 改めて言うまでもなく、今大会のアルゼンチンはキャプテンを務めるメッシのチームだった。そして、彼はまさにピッチ上の王様だった。

 守備の負担はチームメートに分け振られ、メッシの役割はとにかくゴールを奪うことだけに特化されていた。ピッチを闊歩する王様と、その周りを働き蜂の如く動き回るチームメートの図式は、決勝でも変わらなかった。

 いざこざが起きれば、ドイツのキャプテンであるフィリップ・ラームが一目散に駆け寄る姿とは正反対に、ゆっくりと近づいて、当事者達と僅かな言葉を交わしただけで離れていってしまう。決勝後半に、ゴンサロ・イグアインとマヌエル・ノイアーの衝突があった際も、ハビエル・マスチェラーノとセルヒオ・アグエロが血相を変えて主審に詰め寄る一方、悠然と歩くメッシは主審にそれとない抗議をし終わると、倒れたままのイグアインを大丈夫かとばかりに少し気にした程度ですぐに踵を返してしまう。

 90分をスコアレスで終えた延長突入直前には、アレハンドロ・サベジャ監督が円陣の中央で熱弁を振るっていることをよそに、チームの輪の横に座り込む。仲間に促され輪の中に入っても、指揮官の言葉が終わる前にどこか離れていってしまう。

 30分にはメッシのパスから、エセキエル・ラベッシを経由してイグアインがゴールネットを揺らしたが、惜しくもオフサイド。アルゼンチンが沸いた一瞬の歓喜とは裏腹に、メッシは頭を掻きながら既にゴールに背を向けていた。後半から出場したアグエロが、左サイドから強引にシュートに持ち込む。しかし、ゴール前に詰めていたメッシは枠を逸れることを見届けるやいなや、アグエロを一瞥した。

 傍から見ると、王様どころか暴君にも見えなくもない。ところが、さすが存在感は抜群だ。

 ほとんど試合に関与しないが、一度ボールを持てばドイツの選手が数人がかりで包囲網を作り、アルゼンチンサポーターは無得点の時間が続くとメッシの名前を叫ぶ。

 ただ、皮肉にも窮地に陥った時にすがるには、存在があまりにアンタッチャブルになり過ぎていたのかもしれない。

 惜しまれるのは、今大会で初めてビハインドを負った113分からの時間帯。何がなんでもゴールが必要となった状況だったにも関わらず、よりによって王様にボールが集まらない。終了間際のFKの際、隣でバスティアン・シュヴァインシュタイガーが倒れていたこともあり、何度もボールを置き直し、助走の幅を確認するメッシの姿があった。結果論となるが、遠目の位置だったこともあり、味方に合わせる選択肢もあったはずだが、メッシにはその考えがあったかどうかと要らぬ邪推もしてしまう。

 4ゴールを挙げたグループステージの活躍の一方、勝ち進むにつれてアンヘル・ディ・マリアやマスチェラーノといった脇を固める選手にスポットライトがあたっていった。決勝でも不発に終わったことで尻すぼみとなり、最後の最後で裸の王様だったのかという印象すら残した。

 ただ、メッシは裸の王様のように疎んじられてはいない。むしろ、愛されているのだ。

 わずか3年前、確かに彼は母国でもブーイングを浴びせられる存在だった。

 2011年にアルゼンチンで行われたコパ・アメリカでは、よもやのベスト8止まり。当時は、国民から「バルセロナでのメッシは好きだが、代表では全然だ」とはっきりと口にされていたほどである。ところが、失意のどん底を経て、新たにキャプテンマークを託されたメッシは代表でもゴールを量産。南米予選の1位通過に導き、本大会でも最優秀選手に選ばれる働きで、母国の24年ぶりとなる決勝進出の立役者となったことに間違いはない。

 かつて、実兄であるロドリゴ氏は、世界一のサッカー選手を家族に持つことについて、「私達にとってはレオ(メッシの愛称)のような素晴らしい家族を持てるということは、本当に素晴らしい経験で、特別なこと」と語ったことがある。

「レオを家族の一員として持てて、全員が幸せだと思っている。彼は非常に素晴らしく、人間味があり、みんなから愛されているから、本当に嬉しい」

 国民の失望を買ってから、3年。今となっては、家族の部分をアルゼンチンに置き換えても問題はないだろう。

 今大会のメッシは、良くも悪くも王様だった。そして、愛されながらもどこかエゴを捨て切れなかったようだ。

 試合後に「トロフィーを掲げたかった。個人賞はあまり意味がない」と言った通り、メッシはロイヤルボックスで贈られた最優秀選手に渡されるゴールデンボールのトロフィーを掲げることなく、2位チームに贈られたメダルも階段を下る途中に外してしまっていた。ドイツの選手達が作った花道を通ることもなかった。再び訪れた失意の時は、半ば栄冠も見えていただけに苦しさはさらに深まっているかもしれない。

 27歳になったばかりのキャプテンに、眼前で世界王者の誕生に立ち会うという強烈なまでの悔しさが、どのように作用するかは見ものである。もちろん、最も期待されるのは、王様ではなく争いの最前線に身を投じられる勇ましさを持った英雄への変貌だろう。

文=小谷紘友


posted by エリコ at 11:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー日本代表
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