2014年11月12日

錦織 フェデラーにストレートで敗れ準決勝進出に向け1勝1敗<男子テニス>松岡修造氏“愛弟子”錦織の完敗に「ある意味うれしい」


松岡修造氏“愛弟子”錦織の完敗に「ある意味うれしい」
スポニチアネックス 11月12日(水)0時49分配信

 ◇ATPツアー・ファイナル1次リーグB組 錦織圭 3―6、2―6 ロジャー・フェデラー(2014年11月11日 ロンドン・O2アリーナ)
 世界ランキング5位の錦織圭(24=日清食品)は同2位のロジャー・フェデラー(33=スイス)にストレート負け。試合を中継したBS朝日で解説を務めたスポーツキャスターの松岡修造氏(47)は“弟子”の完敗に「ある意味うれしい」と話した。
 松岡氏は「なぜなら、フェデラーと対戦する機会は残り少ない」と、33歳のフェデラーとの対戦機会が貴重なものであることを訴え、「史上最強のプレーヤーが史上最強のプレーをした。それを体験できたことは圭にとって大きい」と強調した。

 さらに「今、圭の心にあるのはラオニッチに勝つこと。そして“もう1度フェデラーとやりたい”と燃えてきているはずですよ」と錦織の胸中を代弁した。

速報】錦織 フェデラーにストレートで敗れ準決勝進出に向け1勝1敗<男子テニス>
tennis365.net 11月12日(水)0時22分配信
ATPワールドツアー・ファイナルズ

男子テニスの上位8選手によって争われる今季の最終戦、バークレイズATPワールドツアー・ファイナルズ(イギリス/ ロンドン、賞金総額650万ドル)は11日、グループBの予選ラウンドロビン2試合目が行われ、第4シードの錦織圭は第2シードのR・フェデラーに3-6, 2-6のストレートで敗れ、準決勝進出に向け1勝1敗とした。

錦織 圭 選手詳細情報

第1セットを1度のブレークから落とした錦織は、第1セットを終え、右手首のマッサージを受け第2セットを続けた。

錦織のサービスで始まった第2セット、第1ゲームをこの試合初めてラブゲームでサービスキープに成功する。

第3ゲーム、4度目のダブルフォルトから15-30とフェデラーにリードを許すと、30-40の場面で再びブレークを許しフェデラーにリードを許す。

第7ゲームでは、フェデラーのブレークチャンスを1度しのぐが最後は5度目のダブルフォルトでこのセット2度目のブレークを許す。

第8ゲームで錦織はブレークチャンスを掴むもフェデラーの好プレーを前に活かすことができず、フェデラーがこのゲームをキープし、1時間9分で敗れた。

両者は5度目の対戦となり、錦織はフェデラーに2勝3敗とした。

今大会グループAにはN・ジョコビッチ、S・ワウリンカ、T・ベルディヒ、M・チリッチがおり、グループBにはR・フェデラー、錦織圭、A・マレー、M・ラオニチが出場している。

予選ラウンドロビンを1勝する度に200ポイントが付与され、各グループの上位2名が準決勝に進出することができ、決勝に進出するとさらに400ポイント、優勝するとさらに500ポイントが付与され、全勝優勝の場合1500ポイント付与される。

また今大会の賞金は出場者に15万5千ドル(約1736万円)、予選ラウンドロビン1勝につき15万5千ドル(約1736万円)、全勝優勝した場合207万5千ドル(約2億3千万円)が与えられる。
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tennis365.net


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2014年09月10日

松岡修造氏、錦織への熱血応援でギックリ腰に……「やはり僕は松岡修造だった!」錦織、日本選手初の四大大会制覇ならず「残念だが、とても楽しい2週間だった」

2014年9月9日 17:19 (RBB TODAY)
松岡修造氏、錦織への熱血応援でギックリ腰に……「やはり僕は松岡修造だった!」

元プロテニス選手でスポーツキャスターの松岡修造氏が9日、ブログを更新。テニス全米オープンで準優勝を飾った錦織圭選手への祝福と感謝の言葉をつづるとともに、応援に熱中するあまりギックリ腰になったことを明かした。

 決勝戦ではマリン・チリッチ選手にストレートで敗れ、日本人選手初となるグランドスラム制覇はならなかったが、アジア勢男子初の準優勝という偉業を達成した錦織。松岡氏は「ファイナル 圭ありがとう」とのタイトルでブログを更新すると、その決勝戦を細かく振り返り、緊張のためか動きの固かった錦織に対し、錦織のミスを逃さずに終始ゲームを支配したチリッチを「チリッチのテニスは完璧だった 攻撃、守り、そしてメンタル。パーフェクトだった」「まさに…あっぱれ!」と称えた。

 しかし惜しくも敗れたとはいえ、最後まで健闘した錦織を松岡氏も「圭は、諦めなかった。最後まで」と労い、「すみません…破れた圭がセンターコートで肩を落としている姿をみると、もう涙が止まりません。勝ってほしかった、っというより勝たせてあげたかった!」と、熱い熱い涙。「圭、ありがとう。感動、希望、そして可能性をありがとう」と感謝の言葉をつづった。

 “熱血男”松岡氏は、「あえて言わせてください。ここからだ!ここがスタートだ!圭の本当の夢を掴んでくれ!」と、日本のエースにさらなる飛躍を願うとともに、「悔しい、頑張った、心が感じ動かされた!圭、ありがとう!ありがとう!心からありがとう!」と思いの丈を目一杯につづると、最後には「ジュニアキャンプと圭の試合観戦で、気合が入りすぎてギックリ腰になってしまった・・・やはり僕は松岡修造だった!」と、見事な“オチ”でブログを結んだ

2014年9月9日 17:06 (ZAKZAK/夕刊フジ)
錦織、日本選手初の四大大会制覇ならず「残念だが、とても楽しい2週間だった」


全米オープンテニスは最終日の8日(日本時間9日)、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターで男子シングルス決勝を行い、第10シードの錦織圭(24)=日清食品=は、第14シードのマリン・チリッチ(クロアチア)と対戦。3−6、3−6、3−6のストレートで敗れ、日本選手初の四大大会制覇はならなかった。悲願のタイトルは逃したものの、日本選手が四大大会シングルスで準優勝したのは初めて。チリッチはグランドスラム初優勝。

 錦織は序盤から198センチの長身を利したチリッチの強烈なサーブと、深いリターンに苦しんだ。得意の打ち合いでも正確さを欠き、流れを引き寄せることができなかった。

 試合後、錦織は「全力を尽くしたが、きょうは自分のテニスができなかった。マリン(チリッチ)を祝福したい。初めての決勝進出。自分のチームに感謝したい。トロフィーがなくて残念だが、次がある。とても楽しい2週間だった。また来年も、ここ(決勝会場)に来たい」と達成感と悔しさが入り混じった表情で準優勝を振り返った。

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タグ:松岡修造
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2014年09月09日

「『勝てる』が見え、集中できなかった」 錦織、悔しさと手応え 一問一答

「『勝てる』が見え、集中できなかった」 錦織、悔しさと手応え 一問一答
2014.9.9 11:10 [テニス]

テニスの全米オープン男子シングルスで準優勝し、記者会見で笑顔を見せる錦織圭=8日、ニューヨーク(共同)
 錦織は悔しさをにじませながら、快挙に手応えも得たようだった。(共同)

 −−敗因は

 「チリッチは何回も勝っている相手。勝てるというのが見えたのも、集中できなかった理由の1つ。ここまで硬くなったのは久しぶり。試合に入り込めなかった。(四大大会で勝つ)チャンスだったので、逃したのは悔しい」

 −−プレー内容は

 「(体が)なかなか速い動きについてこなかった。ずっと迷走している感じ」

 −−世界のトップに近づいた大会だった

 「一番自信になるのはワウリンカやジョコビッチに競り勝つことができたこと。攻撃的な、理想とするプレーになってきている」

 −−体力面が向上した

 「準決勝や決勝は夢の世界だった。自分がどれだけ(体を)つくれば(準決勝や決勝に)行けるのかと思っていたところに(体力面で)到達した」

 −−今後の目標は

 「また決勝に戻ってきたい。やはりグランドスラムで活躍することが目標。また優勝を目指したい」

錦織、準優勝 悲願ならず チリッチに0−3
2014.9.9 09:28 [テニス]

 【ニューヨーク=黒沢潤】テニスの全米オープンは最終日の8日(日本時間9日)、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンターで男子シングルス決勝が行われ、世界ランキング8位の錦織圭(24)=日清食品=が日本選手として四大大会初優勝を懸け、同12位のマリン・チリッチ(クロアチア)と対戦したが、に3−6、3−6、3−6で敗れ、悲願達成はならなかった。しかし、日本選手の決勝進出は1870年代に日本にテニスが伝わってから初めて。快進撃に日本中が沸き立ち、決勝が行われたこの日、各地の盛り上がりは最高潮に達した。

 序盤からチリッチの強烈なサーブと深いリターンに苦しんだ錦織は粘り強いプレーで対抗したが、流れを引き寄せることはできず、力尽きた。チリッチは初優勝。

 今大会の錦織は1回戦で米国選手を下し、2年ぶりに初戦を突破すると、4回戦からは3試合連続で世界のトップ10選手を撃破し、日本選手として1918年の熊谷一弥以来96年ぶりに4強入り。準決勝では、第1シードで世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を6−4、1−6、7−6、6−3で破るなど旋風を巻き起こした

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2014年09月08日

「日本選手では想像できない」錦織の才能、夢実現の大一番に

「日本選手では想像できない」錦織の才能、夢実現の大一番に
2014.9.7 20:19[2020年夏季五輪]

 日本テニス界の至宝、錦織圭が全米オープン決勝進出を果たし、前人未到の「四大大会制覇」に王手をかけた。男子テニス国別対抗戦(デ杯)日本代表監督の植田実氏は「これまでの日本人選手では想像もできないこと。錦織の才能は、いつ世界を制してもおかしくないレベルに達している」と言い切る。

 4回戦では世界ランキング6位のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)、準々決勝では同4位のスタニスラス・ワウリンカ(スイス)とランキング上位の選手を打ち破ってきた。いずれも時速210キロを超す高速サーブを武器とする相手を攻略し、4時間を超すフルセットまで戦い抜いた。

 準決勝では鉄壁の守備を誇る世界王者ジョコビッチに「(錦織は)攻撃的で、とても素早く多くのボールを得ていた。彼は今、オールラウンドプレーヤーだと思う」と言わしめた。

 全米オープンで記録配信を担当する米コンピューター大手IBMの発表によると、準々決勝までの5試合で8強入りした選手の1ポイント当たりの平均移動距離は、錦織の15・88メートルが最も短い。ジョコビッチが17・80メートルだったことを考えれば、効率良くポイントを挙げていることが分かる。

身長178センチ、68キロは、必ずしも世界に対抗できるフィジカルを持ち合わせているとはいえない。しかし植田氏は「ボールに対する反応の速さが世界トップ。相手が構える位置から予測してボールを受ける地点につき、狙い通り正確に打つことができる」と指摘。またトップ選手との対戦では「相手のミス待ちではなく、自分でゲームを作ることができる。精神面でも負けていない」と分析する。

 今大会前には右足親指を手術し、出場すら危ぶまれたが「油断をせずに決勝まで行きたい」と責任感をにじませていた日本のエース。いよいよ夢を実現させる大一番に向かう。(青山綾里)

イチロー、錦織の快進撃に大興奮「あれは気持ちいいですよ」

ヤンキース6−2ロイヤルズ(6日、ニューヨーク)米大リーグ、ヤンキースのイチロー外野手(40)が、テニスの全米オープンで日本選手初の単決勝進出を決めた錦織圭(24)=日清食品=の快進撃に大興奮だ。この日のロイヤルズ戦で2打数2安打1打点で6−2の勝利に貢献したが「きょうは俺のことなんかどうでもいいよ。いやぁ、すごいね!!」と錦織を大絶賛した。(サンケイスポーツ)

 クールな天才も、日本が生んだテニス界の若きスターに心を奪われた。ヤンキースタジアムから約17キロ離れた会場で快進撃を続ける錦織について、イチローは興奮を隠せなかった。

 「すごいね。すごいという表現はちょっとダサいけど。相手は(世界ランク)1位でしょ。素人が見ていても翻弄しているもんね。いやぁ、あれは気持ちいいですよ。あの冷静な感じもいいね」

 この日、錦織が、第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)から第1セットを取った瞬間まで自宅でテレビ観戦。その後、ロイヤルズ戦のため本拠地へ向かった。

 自宅を出る際、錦織へエールを込めて選んだスニーカーは、アディダス社の人気モデル「スタンスミス」。米国の元テニス選手、スタン・スミスが履いていたことで有名になったシューズで、「だから、きょうはテニスでね」と明かした。

面識はないが、夫人の弓子さん(元TBSアナウンサー)と、錦織の出身地が同じ島根・松江市ということで親近感を抱く。「松江出身らしい。それでちょっと僕にとっては特別な思い」と喜んだ。

 イチローは、海外で戦う日本のスポーツ選手の動向に関心を持つ。「明らかに前に進んでいる証しでしょう。そこだよね」とテニス界のスターに刺激を受けた様子。この日は、自身もロイヤルズ戦の五回に代打で中前適時打、八回の2打席目には内野安打を放ち、12日ぶりの複数安打を記録。今季は先発を外れることも多いが、イチローの名はニューヨークでも特別だ。
posted by エリコ at 09:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | テニス・錦織圭

2008年09月02日

錦織86年ぶり8強はならず/全米OP

錦織86年ぶり8強はならず/全米OP9月2日10時29分配信 日刊スポーツ

テニス全米オープンテニス>◇1日(日本時間2日)◇男子シングルス4回戦ほか◇ニューヨーク、ナショナル・テニスセンター

 錦織圭(18=ソニー)の日本男子86年ぶりの8強進出はならなかった。4回戦で、世界17位のフアンマルティン・デルポトロ(19=アルゼンチン)に3−6、4−6、3−6で敗れた。

デルポトロの強いサービスの前に、試合の主導権を握ることはできなかった。

3回戦で世界126位の錦織が同4位のダビド・フェレール(26=スペイン)を破って日本男子71年ぶりの16強入りを果たし、海外のメディア、テニスファンからも注目されたが、8強の壁は厚かった。

最終更新:9月2日10時29分

★★★

錦織16強、世界4位倒した/全米OP9月1日10時9分配信 日刊スポーツ

テニス全米オープンテニス>◇8月30日(日本時間同31日)◇男子シングルス3回戦ほか◇ニューヨーク、ナショナル・テニスセンター

 世界126位の錦織圭(18=ソニー)が「世紀の大金星」を挙げた。3回戦で昨年の4強で同4位ダビド・フェレール(26=スペイン)を撃破。3時間32分に及ぶ死闘をフルセットで制した。

日本男子の全米16強入りは71年ぶり。4大大会でのトップ4シード撃破も佐藤次郎以来75年ぶり2人目の快挙だった。さらに全米では73年のボルグ以来の年少トップ4シード撃破。錦織は4回戦で同17位のデルポトロ(19=アルゼンチン)と対戦する。
 無我夢中で走り、全身全霊で打ち合った。212分の死闘。5セットを戦うのは、テニス人生で2度目だ。第3セットから初戦同様、両足をけいれんが襲った。ガッツポーズを連発して心を奮い立たせた。ウエアを汗まみれにして迎えた3度目のマッチポイント。
 「最後は手が震えた。どうしても勝ちたかった」。
 得意のフォアに、浮いた球が来た。思い切り逆クロスにたたき込んだ。世界4位のフェレールをねじ伏せた。コートに倒れ込み、天を仰いだ。
 「信じられない。これまでで最高の勝利」。日本男子として、71年ぶりの全米16強。その才能は日本のレベルを超えていた。3回戦に残った選手で最年少。しかも、あのボルグが17歳にして第3シードのアッシュを破った快挙に続く、18歳で全米トップ4シードを撃破した。
 最初の2セットは、豪快なフォアにサーブ&ボレーを織り交ぜ、変幻自在のショットでほんろうした。疲れがたまった終盤は「第5セットにかけるため、第4セットは半分捨てた」という。18歳らしからぬ冷静さも見せた。
 珍しく注意事項を書き込んだノートをコートに持ち込んだ。両親も見たことがないポール・スミス社製のノートを第5セット前にベンチで熟読した。「落ち着けとか書いてあるだけ。それ以上は言えません」。英文で書かれたアドバイスで、疲労とけいれんから立ち直った。「今までなら投げ出したかも。最後まであきらめなかった」。最終セット5−2から5オールに追いつかれたが、突き放す力強さで締めくくった。
 人としても一回り大きくなった。これまで家族が来ても、集中するため、行動は別だった。しかし、今大会は初めて同じホテルに泊まり、試合以外は行動を共にしている。父清志さんは「ほかのことに惑わされないという自信がついてきたのでしょう」と目を細めた。
 4回戦は今季4勝の19歳、デルポトロだ。将来を期待をされている新星の1人。13歳の時の対戦で負けているが、今回は「いけると思う」と頼もしい。世界99位の自己最高位の更新は濃厚だ。日本選手未到の4大大会シングルス決勝まであと3勝。錦織が未知の歴史を開く時が、もう迫っている。

最終更新:9月1日10時9分

★★★

全米オープン(U.S.Open Championships) は、アメリカ・ニューヨーク市郊外のフラッシング・メドウで毎年8月の最終月曜日から2週間の日程で行われる世界の4大メジャーテニス選手権の一つ。観客動員数、賞金総額等において世界最大のテニストーナメントである。会場はUSTAナショナルテニスセンター。主催は全米テニス協会
全米オープン (テニス) - Wikipedia

錦織圭にしこりけい, 1989年12月29日 - )は、島根県松江市出身の男子プロテニス選手。IMGボロテリー・アカデミー所属。開星中学校(卒業) → 開星高等学校(中退) → 青森山田高校通信課程東京校(編入)2年生に在籍している。身長178cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。母方筋の親戚には俳優の渡哲也・渡瀬恒彦がいる

5歳からテニスを始め、2001年に「全国小学生テニス選手権」で優勝。

2003年に渡米し、IMGニック・ボロテリー・テニスアカデミーに日本テニス協会会長・盛田正明が運営する「盛田正明テニス・ファンド」の奨学金で留学する。以降アメリカ合衆国フロリダを活動拠点としている。

2003年の「オレンジボウル選手権」(ジュニアテニスの世界選手権)14歳以下の部で準優勝。

2006年全仏オープン男子ジュニアダブルス部門で、錦織はエミリアーノ・マッサ(アルゼンチン)とペアを組み、日本男子史上初の4大大会ジュニアダブルス優勝の快挙を果たした。この大会ではシングルスでも8強に入っている。

2007年
7月にインディアナポリスで行われた「RCA選手権」で、日本人男子最年少のATPツアー8強に入り、世界ランキング27位のドミトリー・ツルスノフ(ロシア)と対戦した。全米オープンは予選2回戦で敗退。10月、AIGジャパン・オープンでプロデビューを果たすが、この大会はシングルス1回戦で敗退した。

2008年
2月17日、錦織はアメリカ・フロリダ州デルレイビーチでの「デルレイビーチ国際選手権」で予選から勝ち上がると、初進出の決勝で第1シードのジェームズ・ブレーク(アメリカ、最高ランキング4位)を 3-6, 6-1, 6-4 で破り、ツアー初優勝を達成した。日本人男子選手のATPツアー制覇は、1992年4月に「韓国オープン」を制覇した松岡修造以来16年ぶり2人目の快挙となった。

4月11日-13日にデビスカップ「アジア・オセアニアゾーン」の「グループ1」2回戦で、日本はインドと対戦し、日本男子のトップに立った錦織が初めてデビスカップ日本代表選手に起用された。4月28日、錦織は世界ランキングで99位に浮上し、日本男子としては1996年8月まで2けた順位だった松岡修造以来の世界ランキング100位以内に入った。

全仏オープンでは予選2回戦で敗退するが、ウィンブルドン前哨戦のアルトワ選手権では3回戦まで進出し、当時世界ランク2位だったラファエル・ナダルと対戦、4-6, 6-3, 3-6と負けはしたものの1セットを奪う健闘を見せる(試合後、ナダルは「彼は数年後には世界ランク10位、いや5位に食い込んでくるだろう」とコメントしている)。ウィンブルドンで初のグランドスラム本戦ストレートイン(直接出場)を果たす。フランスのマルク・ジケルとの1回戦では、1セット・オールから腹筋の痛みを訴え、途中棄権による敗退となった。

6月末には、かねてから日本テニス協会が申請していた北京オリンピック推薦枠での出場が認められ、オリンピック初出場を決めた。男子シングルスの日本人出場は、アトランタオリンピックの松岡修造以来12年ぶりとなる。[2]オリンピックでは、錦織は1回戦でライナー・シュットラー(ドイツ)に 4-6, 7-6, 3-6 で敗退した。

全米オープンでは世界ランク32位 第29シードのフアン・モナコを途中インジャリータイムをとりながらも6-2・6-2・5-7・6-2 で破り、2005年の鈴木貴男以来の日本人4大タイトル一回戦突破となった。続く2回戦はクロアチアのロコ・カラヌシッチを相手に2セット先取の後に相手選手棄権で突破、日本人では神和住純以来の男子シングルスでの3回戦進出となった。3回戦では世界ランク4位・スペインのダビド・フェレールを相手に6-4・6-4で2セット先取、その後2セット奪われるが、第5セットを7-5で奪い、勝利を挙げた。日本人では1937年の山岸二郎・中野文照以来(当時は全米プロとアマチュア用の全米オープンで分かれていたので完全にオープン化してからは日本人初)の男子シングルスでの4回戦進出となった
錦織圭 - Wikipedia
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